カンボジアのスラム街に「神の国」をもたらす
サーバンツ スタッフ 永井みぎわさん
宣教師の娘として育ち、この6月から3年間、カンボジアのプノンペンのスラム街で暮らすことを決意した女性がいる。ニュージーランドで始まった宣教団体「サーバンツ(Servants to Asia's Urban Poor)」のスタッフとして働く永井みぎわさん(25)は、「神の国」の拡大のために、信仰の一歩を踏み出す。
みぎわさんは、父の故郷長野県で生まれ、1歳半から4歳までを台湾で、8歳から12歳までをパプアニューギニアで暮らした。父は公務員の教師として台湾の日本人学校に赴任し、その後両親が日本ウィクリフ聖書翻訳協会の宣教師としてパプアニューギニアに赴いた。現地で働いていた各国の宣教師子弟に日本語を教えることが主なミニストリーだった。
パプアニューギニアには大規模なウィクリフの宣教センターがあり、そこで宣教師とその家族約1000人が暮らしている。その多くはアメリカ人で、センターを囲むフェンスの中はアメリカ文化。一方で、村に入って現地の人と暮らしながら言語を習得し、聖書翻訳を進める宣教師も多くいた。
幼少期から日本とは異なる文化の中に放り込まれたみぎわさんだったが、それを存分に楽しんだ。パプアニューギニアでは6週間に亘る村での生活を体験し、言葉が通じない人々とのコミュニケーションも楽しんだ。また、英語の習得もできた。
12歳で帰国し、長野県長野市の小学6年生に編入。そこから同地で中学、高校と進むが、みんなで一緒にトイレに行くとか、本音と建前を使い分けるとか、日本独自の文化にまったく馴染めなかった。そしていつしか、友達に嫌われないようにと、本音を隠して愛想笑いをするようになっていた。「私の中高時代は暗黒でしたね。日本が本当に嫌いで、パプアニューギニアに帰りたい! と真剣に思ってました。」
いわゆる逆カルチャーショックだった。なんで神様は私を苦しめるのか?両親がやっていることは意味があるのか? 信仰って何なのか? 自分は救われているのか? と信仰の土台が揺さぶられた。そして、祈りの中で自分が本当にしたいことを選び取り、高校2年が終わった時点で米国の高校に留学した。
その後、カナダの大学に入学し、ここで人生の転機となる体験をする。文化人類学の教授に「ドラッグの売人や売春婦たちがいる街で、その地域の文化を学んできなさい」と、バンクーバーのスラム街に放り込まれたのだ。
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