コソボに福音と民族融和を
YWAM宣教師 小野寺ふみさん
かつて東西ローマ帝国の分割線のあったバルカン半島の小国「コソボ共和国」において、福音宣教と民族融和に携わる日本人女性がいる。2000年11月、小野寺ふみさん(53)は、それまで務めていた商社を辞め、民族紛争の硝煙の残るコソボに単身渡った。
コソボとは
小野寺さんが活動するコソボ共和国は、元々は社会主義の旧ユーゴスラビアに含まれる一地域だった。しかし、ベルリンの壁崩壊に象徴される東欧革命によって旧ユーゴスラビアも解体。スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6ヶ国が順次独立していった。
なお、当初は、セルビアとモンテネグロによってユーゴスラビア連邦共和国(新ユーゴ)が結成され、コソボはセルビア内の自治州として存在した。セルビア全体がセルビア人(正教徒)によって占められるのに対し、コソボ自治州はアルバニア人(イスラム教徒)が人口の8~9割を占めるなど(セルビア人は約1割)、民族的・宗教的背景が異なる。
このような状況から、コソボでは以前から独立運動が盛んで、1997年からはコソボの独立を求めるコソボ解放軍(KLA)がセルビア警察を襲撃する事件が起こり、両者は戦闘状態に突入した。その中で、アルバニア人の村が丸ごと破壊される事件も起こり、数十万人のアルバニア人が難民となった。
この紛争を終わらせようとしてNATO軍がセルビアへの空爆を行ったのが1999年。空爆は3ヶ月続いた。これが、コソボ紛争と呼ばれる。
2003年、新ユーゴは国名をセルビア・モンテネグロと変更したが、2006年にはモンテネグロが独立。2008年2月にはコソボが独立を宣言し、米国、英国、ドイツ、日本などが承認した。
コソボへ
24歳の時にクリスチャンになった小野寺さんは、ユース・ウィズ・ア・ミッション(YWAM)の弟子訓練学校で訓練を受けたこともあった。しかしその後は、普通のOLとして暮らしていた。
ある時、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の悲惨な状況をアメリカ人の友人から聞き、バルカン半島に関心を持つようになった。「自分がのうのうと暮らしているときに地球の反対側ではそんな戦争があった。そのことが恥ずかしかったのです。」
NATO軍の介入により、1999年6月にコソボ紛争は終結した。「居たたまれなくなった」という小野寺さんは、同年9月、会社から休暇を取って現地に向かった。そこで破壊された家々を見て、家は修復されても人々の心は簡単には修復されない、と感じ、「御心ならばここに遣わしてください」と祈った。
そして会社を辞め、2000年11月1日からコソボでの活動を開始。結婚はしていなかったので、すぐに行動に移すことができた。「アルバニア人とセルビア人の間に立って民族融和の働きをしたいと思ったのですが、具体策は分かりません。ただ情熱だけで渡ってしまった感じですね。」と振り返る。
YWAMの宣教師という立場で、現地ではアメリカ人やドイツ人の宣教師たちと共に働き始めた。しかし彼らは帰国し、現在はYWAMコソボ代表として、一人で働きを進めている。
人々の中へ
コソボでは、イスラム教徒のアルバニア人が多数派を占める。彼らの中に入っていくため、戦争によって未亡人となった女性たちに手芸を教えた。レースの編み物や帽子をつくってそれを販売し、彼女たちの収益にしようとしたのだ。しかし、社会主義に慣れてしまった彼女たちは、言われたことしかしないし、店を出しても店内でタバコを吸う。それらを矯正することができず、その働きは中止に追い込まれた。
人道支援としては、ヨーロッパ各国から支援物資が送られてきているため、それらを持って僻地の家々を訪れた。大きな団体の支援が届かない場所を選び、ある場合は山道を往復4時間かけて1軒を訪問するなど、地道なものだった。一人の老婦人は、行くといつも、自分の夫と息子がセルビア人に殺されたことを泣きながら語ってくるという。
また、日本人であることが有益に作用した。アルバニア人にとって敵のセルビア人はスラブ系の白人であるため、アメリカ人のワーカーは同じ白人として現地の人々の中に入って行きづらかった。しかし日本人の小野寺さんは比較的容易に受け入れられた。日本人は真面目で働き者、ハイテクの国というイメージがあり、アジアの国の中でも尊敬されているという。
「アルバニア人にはCommit each other という文化があります。つまり、私もこれだけのことをするから、あなたもしてください、というもの。しかし一旦関係ができると、こちらのことも守ってくれます。その信頼関係は宝ですね。」小野寺さんは3年ほどで彼らと信頼関係を築けるようになった。
20004年まではすべての働きが順調に進んでいるように見えた。しかし、2004年3月に再度アルバニア人とセルビア人の間に紛争が起こったため、精神的に行き詰まってしまった。父親が亡くなったこともあり、約1年間、日本に帰って心と体を休めた。
イエスが夢に現れる
第2期として2005年に再度、コソボに渡った。今度は働きを教会の中にシフトした。コソボのプロテスタント教会は、宣教が始まったのが25年前と歴史が浅い。アルバニア語の旧新約聖書が完成したのも15年ほど前のことだ。小野寺さんは、コソボに20ほどあるプロテスタント教会の中で最も歴史が古い、つまり25周年を迎えたばかりのペンテコステ系の教会でスタッフとして働いている。
伝道は、イスラムが支配的な国にあって困難ではある。まずは村の未亡人たちと関係づくりをして、話を聴く。すると、自分が抱えている問題なども言ってくれる。そこでイエス・キリストの話しをして、お祈りをする。「私はイスラム教徒だから」とイエスは拒絶するが、祈りは喜んでくれるという。
そんな状況の中でも、イエスご自身がイスラム教徒に夢や幻で現れているという。その一人アルベンという男性は、イスラム教徒の家に生まれ、モスクにも行っていた。しかし、コーランの教えが真理かどうか分からない。そこで、「神様、僕はこのまま真理を知らずに死にたくありません」と祈った。すると夢の中に神様が現れ、「アルベン、お前は真理を知らずに死ぬことはないよ」と言ってくれた。彼は、その神様がイエスだと分かり、教会に来るようになった。
また別の男性は、枕元にイエスが現れ、「私に仕えなさい。私に仕えなさい。」と何度も語りかけてきたという。彼は泣きながら教会を訪れ、「私はどうしたらいいか分からない。教えてください」と懇願した。このように、オープンな伝道が困難な同国で、イエスご自身がイスラム教徒に語りかけているのだ。
小野寺さんは刑務所伝道にも携わり、女性の囚人たちに伝道するチャンスも与えられた。「聖書と英語の勉強がしたい人はいますか?」と訊ねると7人が手を上げてくれたが、その後法律が変わり、刑務所内での聖書研究ができなくなった。
なお、宣教団体のキャンパス・クルセードは、コソボの村々を訪れて映画『ジーザス』を上映している。またクリスマスの時期には、“偉人の生涯”という位置づけなのか、『ジーザス』の映像が全国にテレビ放映される。衛星放送でキリスト教番組の視聴も可能で、それを観たイスラム教徒がイエスを信じ始めているという。
和解の働き
コソボでは、イスラム教、正教会、カトリックの3つが宗教団体として認められていた。そこで、プロテスタント教会が一つになってコソボ・プロテスタント・エバンジェリカル・チャーチズというNGO組織をつくり政府と交渉をした結果、2年前に宗教団体として認められるようになった。コソボでは、人口200万人のうち福音的なクリスチャンは1万人ほど(0.5%)、礼拝出席は全部の教会を合わせて2千人ほどだ。
小野寺さんのミッションの中で「和解」は重要な位置を占めている。当初は、クリスチャンの中でもセルビア人への拒絶感があったが、様々な働きかけによって和解の方向に進んでいるようだ。
コソボには海外からクリスマスプレゼントがたくさん送られてくる。それを、アルバニア人の子供たちの手を通してセルビア人の子供たちに手渡すことにした。彼ら同士が愛の行為をする機会を設けたわけだ。
また、グローバル・デイ・オブ・プレイヤー(GDOP)の一環として、セルビア、マケドニア、コソボのクリスチャンが合同の祈り会を開いたこともある。そこでは、セルビア人の兄弟が立ち上がり、「戦争中のことを赦してください」と謝罪。アルバニア人クリスチャンは、その告白に涙を流していたという。
さらに、コソボに住むセルビア人にも働きかけている。コソボでは少数派のセルビア人は国境の街ミトロビッツァ付近に集まって住んでいるが、そこには川があり、セルビア人は、そこに架かる橋を渡ってアルバニア人側に足を踏み入れたことがない。
ある日、小野寺さんの元に、国連の関係者からミトロビッツァに来て日本文化を紹介して欲しいとの依頼が来た。小野寺さんは浴衣の着付けを実演したり、日本の歴史、サムライの文化、そして日本の戦争についても説明した。それをきっかけに、セルビア人とも接触できるようになり、彼らを自宅に招いたところ、国連職員のエスコートによって橋を渡り、アルバニア人地区に来ることができた。
小野寺さんは何か特別な技能を持つわけではない。「普通のOL」が志を与えられてコソボに渡ったら、次々とやるべき事が与えられ、ここまで来たという感じである。今後は「赦し」というテーマをさらに深め、双方の民族が抱える憎しみを愛に変える働きをしていきたいという。
和解の働きは、技能ではなく、そのために働く人の存在自体が問われる。小野寺さんは「和解の人」として、憎しみの真っ只中に立っている。
(本誌・谷口和一郎)
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名義:YWAM
「コソボ小野寺宣教師宛」とお書きください。
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