リバイバルジャパン取材日誌
イエスの愛を知ること
リバイバル・ジャパンでは「イエスの愛を学ぶ」という連載をしている。書いてくれているのは大阪府島本町で牧会をしている豊田信行牧師。毎回、新しい発見があり、イエスの愛の広さ、長さ、高さ、深さを思う。10月16日号の内容。
イエスに愛を学ぶ Vol.20
ニューライフキリスト教会・ニューホープチャペル牧師
豊田信行
あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 (ヨハネの福音書13章34節)
イエスは、旧約の律法をまとめた「神と隣人を愛する」という戒めを全うする“新しい戒め”として、「互いに愛し合うこと」を命じられました。この新しい戒めは、「わたしがあなたがたを愛したように」とあるように、イエスの愛を模範・土台としています。
神の愛は、三位一体の神―父・子・聖霊―が互いに愛し合う愛です。「互いに愛し合う」とは、互いに愛する者となり、互いに愛される者となる、ということです。三位一体の神、父・子・聖霊の関係とは、互いに愛する者となり、愛される者となる関係なのです。
愛は、1.愛する者、2.愛される者、3.愛、の三つから成り立っている。
『三位一体論』アウグスティヌス
愛の成熟を妨げる要因の一つに、「互いに」という関係が築かれていないことが挙げられます。ある人は、他者を愛することに一生懸命になり過ぎて、愛される者となることを疎かにしています。結果的にその人は、相手から愛する機会を奪い続けているのかもしれません。他者の面倒見は良いのに自分の面倒を見てもらうのが苦手な人は少なくありません。
またある人は、愛される者になることだけしか頭に無く、いつまでも「自分は愛されていない」との不満を抱き続けます。それは、愛される者となることを受動的にしか受けとめておらず、能動的な営みであることを理解していないからです。自分が望むように愛してくれるのを、いつまでも待ち続けるのです。また、愛される者となるために自分を磨くことも、受動的な営みと言わざるを得ません。自分の望む愛を待ち続けている点において受身のままだからです。
真の意味で愛される者になるとは、相手の愛をありのままで受けとめる者になること、自分の望み通りでなくても、与えた愛に遠く及ばなくても、ありのままの愛を受けとめることによるのです。「互いに愛し合うこと」の土台であるイエスの愛は、私たちのつたない、ご自身が与えてくださった犠牲的な愛には遠く及ばない愛を受けとめてくださるだけでなく、熱心に慕い求めてくださる愛なのです。
ペテロはイエスに、牢や死にまでもお伴しますと誓いながら、身の危険を感じたとき、躊躇いもなくイエスを三度知らないと拒絶しました。しかしイエスは、ご自身を拒んだペテロに向かって、「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか」と、犠牲的な愛(アガペ)ではなくても、兄弟愛(フィレオ)でなら愛せますかと、彼のありのままの愛を拒まれず、慕い求められたのです。もしイエスがペテロの愛を慕い求められなかったなら、ペテロには再度イエスを愛する機会はなかったことでしょう。イエスにとって愛される者となることは、能動的な営みであったのです。
妻は、夫が自分の望み通りに愛してくれなくても、夫の愛をありのままで受け取ることによって愛される者になることができます。互いの愛をありのままで受け入れることで互いに愛される者となるとき、愛が循環するようになり、成熟へと向かうのです。
いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。 (第一ヨハネ4:12)
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