キリスト聖協団・宮城聖書教会
しかし、避難所生活はさらに苦しかった
宮城県東松島市、海岸から直線距離にして3?ほど離れた場所にあるキリスト聖協団宮城聖書教会(田中時雄牧師)は、津波によって1階部分が浸水し、牧師夫妻は4日間に亘って2階の牧師館に閉じ込められた。しかし、その4日間よりも苦しかったのは、その後に送られた避難所での3日間だったという。
(本誌・谷口和一郎)
2階に閉じ込められる
「お父さん、津波だよ!」地震後、町内会の安否確認に回っていた田中時雄牧師に妻の久美子さんが叫んだ。見ると、黒い波がゆっくりとこちらに向かってきていた。慌てて会堂に入り、扉を閉めて2階に上がったが、水はすぐに1階の礼拝堂に満ち、階段を1段1段上がってきた。2階の牧師館には田中氏、久美子さん、そして飼い犬のエルが残された。
電気、ガス、水道はすぐに止まり、固定電話も携帯電話も繋がらなくなった。水は階段の途中で上がったり下がったりしていた。午後5時頃になると、日が落ち、街中が暗闇に覆われた。ただ、ピチャピチャという水の音だけがしていた。「この水が上がってきたら終わりだと、生きた心地がしませんでした。」と田中氏。その夜は、必要なときだけロウソクに火を灯し、朝が来るのを待った。
夜が明け、救助を待ったが、誰も来る気配がなかった。自衛隊のヘリコプターが上空を何機も飛んでいくが、全く別の場所に向かって行った。午後になり、少し水が引いてきたこともあって自力で脱出を試みた。携帯電話を頭に載せて水の中を進む。ふと、久美子さんの顔を見ると唇が黒ずんでいた。自分の唇も黒ずんでいた。夕刻が迫り、このままだと低体温症になってしまう。あきらめて自宅に引き返した。
3日目、曜日の感覚がない。久美子さんに「今日は日曜日よ」と言われて初めて気がつく。主の日。しかし、心はどんどん落ち込んでいく。「普通の落ち込み方ではありません。あんなのは初めてでした」と田中氏。このままの状態がずっと続くと感じ、耐えられない程の虚無感と絶望感が襲ってきていた。閉所恐怖的な感覚もあったという。
そんな中、聖書の御言葉を開いた。すると、ヨブ記1章21節「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」から語られた。これまでの牧会姿勢を問われる語りかけだった。
「私は勘違いしていたのです。30年間ここで牧会をしてきて、信徒を集め、会堂も建て、それを全部自分の才覚でやったんだと。苦労して導いた信者さんも、どこかで自分のもののように思っていました。しかし神様に、『全部お前のものじゃない』と言われた。心が砕かれましたね。『あー、その通りです』と降参したんです。」
それを見計らったかのように、妻の久美子さんが「礼拝をしましょう」と声を掛けてきた。そこで二人だけの礼拝を持った。ただ、メッセージでは先ほどの体験を語ることはなかった。「私はいつも『ついてこい』という感じで偉そうにしているものですから、自分が落ち込んでいたことを家内に話すのが、照れくさかったんです。」
しかし久美子さんは、田中氏の状態を見抜いていて、「お父さん、何を落ち込んでいるのかしら?」と思っていたという。礼拝後も、「何でも3日ぐらいしたら物事が動き始めるよ」と励ましてくれた。
事実、4日目には天気も良くなり、水もだいぶ引いてきた。そこで、堤防のところにある集会所に行き、窓を開けてみると、郡山の陸上自衛隊の隊員がいた。すぐにボートをまわしてくれることになった。最小限のものをリュックに入れ、ボートに乗った。エルも一緒だった。
避難所の苦しみ
自衛隊の装甲車で連れて行かれたのは東松島市コミュニティセンター。すでに300人ぐらいが避難してきていて、身を置ける場所と言えば玄関の入口の周辺だけだった。電気、ガス、水道は止まったままで、毛布一枚だけが割り当てられた。夜になると氷点下近くまで気温が下がり、入口からは風も入り、とにかく寒かったという。
食事は、最初の夜がバナナ一本だけ。仮の避難所だったこともあり、物資が行き届いていなかったのだ。そのバナナが配られているあいだ、人々はものすごい形相でそれを見つめていた。「バナナが300本じゃなくて250本かもしれないと。『日本の避難所は規則正しくて…』と言われてますが、そんなもんじゃなかったですね。もう、みんな飢えてますから、普通の会話なんて無いのです」
2日目の食事もバナナ一本で、3日目にやっと自衛隊が来て豚汁とご飯を提供してくれた。その時には、並んでいる列から「早く食べさせろ!」と怒号が飛び交い、豚汁の量が多い少ないでもめたという。「私は牧師ということで急遽、避難者のリーダーにさせられたのですが、配給の最後の方で、職員の方にも残してあげようと少し豚汁の量を減らしました。するとそれを見ているんですね。『リーダーが悪い。リーダーのせいだ!』と叫ぶ人もいて、すごい雰囲気でした。」
東松島市では1千人以上が津波の被害で亡くなり、今も130名ほどが行方不明になっている。避難所にも、そうした家族を亡くした人が多数いた。田中夫妻の近くで過ごしていた78歳の女性は、津波で家族がみんな流されたと、泣きながら何度も同じ話をしていた。そして3日目の朝に、見るからに精神的におかしくなり、職員がどこか別の施設に連れて行った。
また、近くの中学校の体育館が遺体安置所になっていた。しかし、多くの人が精神的にダメージを受けていて、一人で確認に行くことが出来なかった。すると、ある人が「あの人、牧師だよ」と田中氏を指して言った。「じゃあ、坊主と同じだ」と言われて、遺体確認に同行することになった。
体育館の床には、全身に泥がついたままの遺体が毛布にくるまれて50?60体ほど置かれていた。依頼した被災者は、その毛布をめくることが出来ない。代わりに田中氏が一枚一枚、顔の部分だけをめくっていった。男女の判別がつかないほど膨れたり、叫んだ表情のまま亡くなっていた。
臭いもきつかった。ある被災者は、確認しながら吐いてしまい、田中氏もつられて吐きそうになった。合計4人に同行したが、依頼者自身パニック状態になり、誰も親族を見つけることが出来なかった。「もう地獄でした。その時には無感覚になっていましたが、あれを毎日やったら私もおかしくなっていたでしょうね。」
避難所生活で何が一番辛かったのか。「プライバシーがないこと」「トイレがひどかったこと」と田中氏。24時間、誰かの目にさらされているという状況。犬も連れていたので、鳴けば外に出されそうな雰囲気があった。幸い、エルも状況を察したのか、鳴かずに静かにしていた。トイレは、水が流れないためどんどん溜まっていった。「特に女子トイレがひどかったようで、女性たちは半べそをかきながら用を足していたようです。家内は『とても行けない』と言っていました」
(続きは本誌で)
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