日本基督教団・鹿島栄光教会
留まる選択をした牧師たち
福島第一原子力発電所の事故により、日本政府は20?圏内を「警戒区域」、30?圏内を「緊急時避難準備区域」、20?圏外で放射線量が高い場所を新たに「計画的避難区域」と定め、住民の避難を要請して来た。そんな中、同地に留まり続けて礼拝を守っている教会がある。牧師たちはどうして逃げなかったのか。震災から2ヶ月が過ぎた5月14日、福島県南相馬市にある二つの教会を訪れた。(本誌・谷口和一郎)
就任1年で被災
仙台から南に向け、車を走らせる。5月の日差しが目にまぶしい。目指すのは福島県南相馬市鹿島区にある日本基督教団・鹿島栄光教会(佐々木茂牧師)。福島第一原発から32?ほどの場所、緊急時避難準備区域からは少し外れている。
渋滞が続いた仙台市内を抜けると、道は一気に空いた。宮城県山元町を抜け、福島県に入る。取材に同行してくれた妻に「気密性の高いマスク買ってただろ。持ってきた?」と訊くと、「家に置いてきたよ。だって、放射能のところに行くって聞いてなかったから…」いや、騙した訳じゃないんだ。
相馬市に入ると車はますます少なくなり、対向車線からは自衛隊と警察の車輌ばかりが来る。皆、マスクをして厳しい顔をしている。徐々に緊張感が高まってきた。
ほどなく南相馬市に入る。店はいくつか開いているし、一般市民もいる。一見、普通の生活が戻りつつあるような印象だ。少し道に迷いながら、鹿島栄光教会に到着。佐々木牧師は教会の外に出て隣家の方と親しく話をされていた。
教会堂は日本家屋のような古い建物だ。今回の地震で屋根瓦が落ちて雨漏りがするようになり、通路の天井も落ちたという。また、外壁にも大きなヒビが入っている。しかし、長年の祈りと賛美が染み込んだような情緒ある礼拝堂は、ほぼ無傷だった。
教会は60年近い歴史を持つ。終戦後の1954年、アメリカ人宣教師ローレンス・ラクーアが、福島県下に複数の宣教拠点をつくり、地域に根ざした伝道を開始した。その一つが鹿島だった。後に「ラクーア伝道」と言われる宣教活動の実だ。
翌1955年には11名の受洗者があり、その年から8年間で45名の受洗者を出す。1956年には米国教会の援助と国内教会の献金により教会堂、牧師館、幼稚園舎を建築した。一つのリバイバル的状況があったようだ。
74歳になる佐々木牧師が同教会に就任したのは昨年4月のこと。信徒は5、6人になっていた。そして1年で、今回の震災に遭遇した。幸い、信徒は全員無事だった。
留まった理由
原発が次々と爆発する中、市民は自発的に南相馬市を脱出し始め、桜井勝延市長も市民全員を避難させようとした。新潟県知事から「何人でも受け入れる」との申し出もあり、市内各所で説明会が開かれ、避難が呼びかけられた。
結果、多くの市民が南相馬を後にした。教会が属する町内会10軒も、教会を除いてすべてが避難。南相馬市の人口約7万人は1万人ほどになった。
そんな中、佐々木牧師一家は同地に留まった。当時、どのような心の動き、信仰的決断があったのだろうか。「原発が爆発した時には、正直言ってうろたえました。」と佐々木牧師。そして丸2日間、夜はロウソクの光で暮らす中、聖歌の397番「とおきくにや」を思い出した。
水はあふれ 火は燃えて
死は手ひろげ 待つ間にも
なぐさめもて 変わらざる
主の十字架は輝けり
なぐさめもて ながために
なぐさめもて わがために
揺れ動く地に立ちて
なお十字架は輝けり
この賛美歌を口ずさんだ後、「神様が何とかしてくださる。」という気持ちになれた。そして「ヨブが神様にぶつかっていったように、いろんな思いをそのまま神様にぶつけていけば、主はそれを受け止めてくださる」と信じることができた。そして、エマオに向かう道をとぼとぼ歩いていた弟子たちに復活のイエスが現れたように、絶望してとぼとぼと歩いているような自分にもイエスは必ず現れてくださると信じた。
今回の震災で一つの自作の詩ができた。教団のある牧師から「なぜ逃げないんだ。こちらで受け入れるから、早く逃げたらどうか。」と言われて出来た詩だという。
なぜ今そこに居るの
「ここが すきだから
《避難》という言葉が
悲しいから
悔しいから」
今 なぜそこに居るの
「ここが すきだから
ともだちが
いっぱい
できたから」
そう ここがすきだから
また、家族に病気があり、避難所での生活は無理だと思ったことも理由の一つだった。妻と2人の息子(48歳と38歳)と暮らす。「家族に弱さがあることで、逆に勇気を持つことができました。それが目に見えない一番の支えだった。弱さが人を救うとのパウロの言葉がありますが、弱さにあって『我が恵み汝に足れり』という御言葉を実感しましたね。」
今回の震災が神のご意志とどのような関係があるのかも訊いてみた。次のように答えてくれた。
「私は今回のことが『人間の傲慢とは関係ない』とは言い切れないと思います。人間がより豊かになるために、あらゆる面で経済効率を優先していった。そういった人間の高慢は砕かれなければならないと思います。」
町はその後、放射線の放出量も安定したことなどから、次々と人が帰ってくるようになった。佐々木牧師は町の人から「教会さん」と呼ばれ、親しまれている。7月の礼拝からは「神のかたちに似た者として造られた人間」というテーマで説教を語り、なぜこのようなことが起きるのかも語っていきたいという。
70歳を越えてこのような試練に遭遇し、なお牧師としての使命に燃えている。
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