癌から復帰し、新たな声で賛美する
国立音楽大学を卒業し、ドイツに留学、クリスチャン音楽家に師事した後、帰国。その後は佐野キリスト教会(ロナルド・サーカ主任牧師)の牧師として賛美のミニストリー、佐野インターナショナルスクールの校長などの働きを続けてきた吉田浩さん。その彼が、上咽頭癌の告知を受けたのは3年前の夏だった――。 (聞き手・谷口和一郎)
――3年前に癌が発覚したということですが、何か違和感などはありましたか。
吉田 2009年の5月ですが、左あごの下にこぶし大の塊ができたんです。でも痛みもないし、医者に行っても「抗生剤を飲んで様子を見てください」という感じでした。その後、8月にもう一度医者に行って「まだ腫れが取れないんですが...」と言ったら、先生の顔色が変わりました。
そこで、総合病院で詳しく診てもらうと、鼻の奥の上咽頭という部分にぶつぶつとした腫瘍ができていました。それが癌だと分かったのは1週間後で、あごの下の塊はリンパ腺に転移していたのですね。鎖骨より下にさらに転移があれば、もう駄目だろうと。結果は、そこには行っていなかったのですが、ステージ3という診断で、即入院となりました。
――どういう思いになりましたか。
吉田 一番に思ったのは、これがあと5年後だったら、という思いです。子供が3人いて、一番上が高校2年生、2番目が中学3年生、3番目が小学4年生でした。それぞれに夢があって頑張っているのに、この子たちどうなっちゃうんだろうと。自分が死ぬのは、天国に行けるのだからと、その準備はできていました。でも、残る家族のことを考えると、とても辛くなりました。
――ご家族の反応はどうでしたか。
吉田 妻は一緒に病院に行ってくれたのですが、告知を受けた夜、子供たちに打ち明けました。すると、みんなで頑張ろうと言って、一緒に祈ってくれました。
それまで、牧師の家庭でありながら、家族が一つになって何かをするとか、そういうことが無かったのです。妻も弱さを見せないタイプで、それぞれが自分の信仰に立って頑張っている家族でした。それが一緒に祈れたというのは、私としては嬉しかったですね。
――信仰的には、何かチャレンジはありましたか。
吉田 入院した最初の夜のことなんですが、病院のベッドに寝ていたら、下から何か黒い手が伸びてきて、私の胃のあたりを掴まえ、下に引きずり込もうとしました。片方だけ、黒い右手でした。直感的に「死の霊だ」と感じました。体も寒気がして、縛られたようで動けません。私はあまり恐怖とかは感じない方なんですが、その時は本当に恐ろしくなりました。
そこで、「死の霊よ、イエスの御名によって命じる。ここから出て行け!」と祈りました。2、3分、そうやって戦っていたでしょうか。やっと手もなくなり、「勝利した」という感覚が与えられました。だから、この後の治療もたぶん大丈夫だろうな、と感じましたね。
――まずは霊的な戦いがあったということですね。実際の治療はやはり苦しいものでしたか。
吉田 私の場合、手術はなくて、放射線と抗がん剤治療でした。放射線は一日2グレイを35日間、合計70グレイを照射するという方法で、抗がん剤の方は4サイクルでした。辛かったのは抗がん剤で、吐き気や痺れなどが襲ってきて、3回がやっとでした。先生には、「もう無理です。やめてください」と拝み倒したんですが(笑)、まあ頑固に4回やられました。
――クリスチャンとして、そういう治療はどう受け止められましたか。
吉田 放射線は、皮膚の上から癌細胞を焼いていくのですが、癌細胞だけじゃなくて健康な細胞も焼かれます。顔や首の表面の皮膚も火傷をしたように剥けてしまいます。いわば火で焼かれるわけです。ダニエル書のシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの3人が炉の中に投げ込まれても焼かれなかったことを思い出しました。また、抗がん剤というのは毒ですよね。マルコの福音書16章の、「毒を飲んでも決して害を受けない」というみことばがあります。その二つをしっかり握って、絶対大丈夫だと。治療で日に日に体力が衰えていく中、そのみことばにすがった感じですね。
――自分の健康と引き替えに癌と闘う、という感じですね。
吉田 はい、4ヶ月間の治療でしたが、白血球の数値が極端に低くなっているときに新型インフルエンザが流行ったり、一つ乗り越えたらまた一つ、という感じでした。そして、癌細胞は無くなりました。退院は、クリスマス前の12月10日でした。
――歌、賛美についてお聞きしたいのですが、癌になる前、吉田先生にとって音楽とは、どういうものだったのですか。
吉田 実家が染色工場をやっていましたから、長男の私が後を継ぐもんだと思っていました。でも、ピアノは小さい頃からやっていたので、高校3年生の時に音楽をちょっとやってみようと思い、進路を変更したのです。そして受験のために就いた先生が国立音大の教授でした。自宅に行き、レッスンを受けたのですが、その先生の歌を一声聴いた途端、体に電気が走って、「これだ!」と。人間の声というものはなんて美しいんだ、と感じたんですね。そこから、歌というよりも声を求めて、それを追い求め始めたのです。
――声の質はバリトンですか。
吉田 はい、バリトンだけど、割と高い方のバリトンです。大学を卒業するときはオペラを目指して、二期会と藤原歌劇団を受験したのですが、バリトンだともっと太い声のバリトンじゃないと役がないと言われ、「来年、テノールに転向して受けに来たら」と言われました。
じゃあ、そうしてみようかなと思っているときに、イエス様を信じるようになったのです。故郷の栃木県佐野市から東京に出てくるとき、ピアノの先生から「音楽のことで困ったら、ベアンテかルリ子のところに相談に行きなさい」と言われていて、その先生というのが、ベアンテ・ボーマンさんの奥様ルリ子さんのお母さんだったのです。
ボーマンさんご夫妻には、ドイツ留学の道を開いていただいたり、本当にお世話になりました。そしてバイブルスタディにも誘ってくれて、もう2回目で「イエス様を信じます」となってしまった。ドイツにはクリスチャン音楽家の方もおられ、師事することができました。
(続きは本誌で。)
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