リバイバルジャパン取材日誌
呻きの中に「希望」を見る
新年あけましておめでとうございます。
「希望」を見出しにくい時代です。そんな時代に輝くのがローマの信徒への手紙8章18節以降であろうかと思います。ここには被造物の呻き、キリスト者の呻き、そして霊(聖霊)の呻きが記されています。よく言われる「呻きの三重奏」ですね。
私たちは貧しさに呻き、心と体の病に呻き、人間関係のもつれに呻き、孤独に呻き、世界各地で戦争が止まないことに呻きます。しかしそんな呻きのうちに「希望」があることを、この聖書箇所は示してくれています。
「被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させた方によるのであり、そこには希望があります。それは、被造物自身も滅びへの隷属から解放されて、神の子どもたちの栄光の自由に入るという希望です。」(ローマ8:20-21 聖書協会共同訳)
ふと思ったのは、言い方を変えれば、この世界には希望が満ちているということ。なぜなら、被造物全体の呻きに「希望」が内包されているから。キリスト者の希望については、次のような記述があります。
「被造物だけでなく、霊の初穂を持っている私たちも、子にしていただくこと、つまり、身体の贖われることを、心の中で呻きながら待ち望んでいます。私たちは、この希望のうちに救われているのです。現に見ている希望は希望ではありません。」(23、24節)
現に見ている希望は希望ではないとのみことばは、私たちの希望観とでも言うべきものを深く探ります。私の希望の射程は、どこにあるのか。何を希望として生きているのか。そんなことを問われました。
「霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださいます。私たちはどう祈るべきかを知りませんが、霊自らが、言葉に表せない呻きをもって執り成してくださるからです。」(26節)
聖霊は呻きつつも、将来の新天新地に向けて私たちを整えてくださっています。そこに、御霊ご自身の希望があります。つまり私たちは、被造物の希望、聖霊の希望に包まれるようにして生きている。だから、呻きつつも希望を持つことができるのです。
この一年も、この究極的な希望に包まれながら、呻きつつも生きていきたいと願っています。
子として扱われる恵み
私の通う教会の礼拝説教で、キリストを信じた人に与えられる「神の子となる権能(特権)」(ヨハネ1・12)について語られた。父の懐にいる独り子の神が、その懐で愛の鼓動(heartbeat)を聴き、父の愛を私たちに伝えてくれたのだと。
家に戻り、自分はどれほど神の子とされた恵みを実感しているだろうと思いつつ聖書を開いた。一時期私は、神を「意地悪な方だ」とさえ思っていたから。するとヘブライ人への手紙12章に行き当たった。ここには父なる神の「鍛錬」の意味が詳しく記されている。「神は、あなたがたを子として扱っておられる」(7節)のだと。
心に光が差したのは、「子とされる恵み」があるのと同様に、「子として扱われる恵み」があるのだということ。鍛錬の目的については、「霊の父は私たちの益のために、ご自分の聖性にあずからせようとして」(10節)とある。私は今、きよめ派の教会に属しているわけだが、聖化のプロセスに神の鍛錬(訓練)は欠かせない。
この手紙の筆者は、「あなたがたはまだ、罪と闘って、血を流すまで抵抗したことがありません」(4節)と書く。神の鍛錬によって罪と闘い、決別し、聖さを得ていく。日本でもある時期「弟子訓練」がブームとなったが、それはなぜか「教会成長」のためだった。真の訓練は個々人の聖化を目的とし、日常の出来事にまつわるものであり、それは神が主導される。
私の生活の中で、父なる神はどのように鍛錬のプロセスを始めておられるのだろう。悲しいと思われること、不快だと感じること。それを「意地悪」と取らず、「子として扱われる恵み」として受け取っていきたい。
実を結ぶ木と畑
「舟の右側」12月号のMessageはキース・スミス牧師による「聖書の黙想」。詩篇1篇から、時が来れば実を結ぶ「流れのほとりに植えられた木」となるために、人間の側として何をするのかが語られている。その一文。
もしも私が花壇の手入れをするために庭に出て行き、四六時中雑草を引き抜き、邪魔な石を取り除いて過ごすだけで、何の水やりも、肥料を施すことも、日光が隈なく照らすための工夫もしないとするなら、その花壇はうまく育つでしょうか。全く貧弱な花々しか咲かないに違いありません。私たちの霊的生活においても、光輝く事柄を加えていくことは、影の差す事柄を取り除くことと同じくらい決定的に重要なのです。
この訳文の「光り輝く事柄」は直訳すると「ポジティブな事柄」、影の差す事柄は「ネガティブな事柄」。つまり人が育つ上で、悪いものを取り除くだけではだめで、良きものを提供し続ける必要があるということ。罪や悪の要素を取り除くだけではなく、いのちの要素を取り入れていかなければならない。
日本の教会が神の畑だとして、その悪い部分を指摘していく働きは「ジャーナリズム的」だと言われ、キリスト教メディアや牧師・宣教師などで、その働きをしている方がおられる。しかし同時に、悪い点を指摘するばかりで、いのちの要素を提供しないとしたら、畑は良い実を結ばない。
舟の右側は、いのちの要素を提供することを中心にしつつ、そこにジャーナリズム的要素も加えたいと願っている。
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チャーリー・カークの死と赦し
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舟の右側は、こんな雑誌
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境界線(バウンダリーズ)増補改訂版 ヘンリー・クラウド、ジョン・タウンゼント 共著
中村佐知、中村昇 共訳
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信仰をはぐくむ教会学校 松尾 献 著
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もふもふウーリー おやすみの祈り ボニー・リックナー・ジェンセン 作
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小島 京子 訳
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神のことばによって形造られる M・ロバート・マルホーランドJr. 著
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新・神を愛するための神学講座 水草 修治 著
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