舟の右側
地引網出版
キリスト教雑誌 舟の右側

ワイチローの取材日誌

リバイバルジャパン取材日誌

ビジョンについて

更新日:2010年10月 2日

キリスト教会でも、またビジネスや政治の世界でも、「ビジョンを持つこと」の重要性が語られる。確かにそれは重要なことで、「幻のない民は滅びる」とある通りだ。

ノアは神から箱舟を造るように言われ、それは長さ300キュビト(132m)×幅50キュビト(22m)×高さ30キュビト(13m)の大きさだった。今で言えば陸上競技場ぐらいの大きさだ。「ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った」(創世記6章22節)

私たちはそれぞれ、神からのビジョン(人生でなすべきこと)を与えられるのだが、同時にその大きさというか範囲もしっかりと受け取る必要があるのではないかと思う。時に、神が与えられた大きさ以下にビジョンを見積もってみたり、それ以上にビジョンを膨らませてしまったりする。舟を造るというビジョンは間違っていないのだが、そこに自分の劣等感や誇大妄想が知らず知らず入り込み、その大きさと領域を間違ってしまう。神のビジョンを自分なりに「編集」してしまうのだ。(私もそういう失敗をしたことがある。)

たとえば牧師が「神から与えられたビジョンだ」と発表したものが神が実際に与えたものを超えていた場合、信徒は必要以上に働かされて大いに疲弊してしまう。「ビジョンだ、神のためだ」と言われながら、家庭の温かい交わりを犠牲にしてまで「ビジョン」実現に犠牲を払う。そういった例を多く聞く。

ビジョンは大きければ大きいほどいいという訳ではない。一般社会においても、成功した人たちが母校を訪れ、在校生に向かって「でっかい夢を描け」「自分を信じ続ければ夢は必ず叶う」と言うことがあるが、とても無責任な言葉のように思う。叶わない夢、その個人にとって目指してはいけない夢がある。

神はあるタイミングを計って、「あなたの天幕の場所を拡げよ」と言われることもあるだろう。しかしそれまでは、自らに与えられたビジョンの縦・横・高さに忠実でありたいと願う。神が本当に与えられたビジョンに生きること。たとえそれが人間的にはどんなに大きなものに思えても、逆に自分には小さいように思えても、それに従うことが信仰なのだと思う。

また、ビジョンを絞り出す必要もない。与えられていないなら、日々の生活を忠実に感謝して生きるのみである。

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